蚊里田八幡宮とは
蚊里田八幡宮は長野市若槻の総鎮守として、古くから地域の人々の暮らしを見守ってきた神社です。
御祭神には応神天皇(八幡様)、仲哀天皇、神功皇后をお祀りし、家内安全・厄除け・安産・子育てなどの御神徳で広く信仰されています。
神功皇后(息長足姫尊)
当社には「鎮懐石(ちんかいせき)」と呼ばれる二つ一対の御神宝が伝えられています。
鎮懐石は、御祭神である神功皇后が御懐妊中に身につけられたと伝わる霊石で、古くから安産や子育ての守護として信仰されてきました。
この鎮懐石は当社最大の特色であり、毎年五月五日の春季例祭では神幸行列とともに地域を巡り、本殿へ奉安されます。
春季例祭
蚊里田八幡宮では、毎年五月五日に春季例祭を執り行っています。
この祭りは古くから若槻郷の人々によって大切に受け継がれてきた例大祭で、「善光寺平春の三大祭」の一つとして知られています。
祭りの中心となるのは、当社の御神宝である鎮懐石をお運びする神幸行列です。氏子や関係者が列を整え、地域の安泰と五穀豊穣を祈りながら若槻の里を巡ります。
また、神楽殿での巫女舞奉納や、長い歴史を持つ奉納相撲なども行われ、境内は多くの参拝者で賑わいます。
地域の歴史や信仰、そして人々のつながりを今に伝える春季例祭は、蚊里田八幡宮を代表する大切な祭礼です。
嘉永七年(1854)佐久間象山先生の揮毫。春季例祭時に立てています。現在は社宝として筆代わりに使用した箒と共に大切に保管されています。現在掲げている幟は当地出身の象山先生の門弟、花岡復斎(1833~1908)による模写です。
威稜扶宇宙(いりょううちゅうをたすけ)
恩眷煦生霊(おんけんせいれいをくす)
意味:八幡大神の御威光で宇宙が安定している その恵みが生物の上に行き亘っている
蚊里田八幡宮は、仁平年間(1151~1154)の創建と伝えられる古社で、長野市若槻地区の総鎮守として古くから地域の人々の信仰を集めてきました。旧社格は郷社です。
御祭神は、誉田別尊(応神天皇)、足仲彦尊(仲哀天皇)、息長足姫尊(神功皇后)の三柱です。
誉田別尊は、仲哀天皇と神功皇后との間にお生まれになった皇子で、後に第十五代応神天皇となられました。
仲哀天皇が熊襲平定のため筑紫へ赴かれた際に崩御された後、神功皇后は神託を受けて新羅へ出兵されたと伝えられています。その折、すでに御懐妊中であった皇后は、皇子の誕生を遅らせるため「鎮懐石(ちんかいせき)」と呼ばれる二つの霊石を身につけて戦に臨まれ、帰国後に誉田別尊をお生みになったと伝承されています。当社に伝わる鎮懐石は、この神功皇后ゆかりの霊石であると伝えられています。
平安時代後期、源義家公が陸奥征伐の際に鎮懐石を陣中の守護神として携え、戦功を挙げました。その後、霊石は六男の義隆へと伝えられます。義隆は若槻氏の祖とされ、その子頼隆がこの地の領主となった際、社殿を造営して鎮懐石を奉安し、八幡大神をお祀りしたことが当社の起こりと伝えられています。
また、社名の「蚊里田」は、鎮懐石ゆかりの地である筑紫国蚊田の里(現在の福岡県糟屋郡宇美町付近)に由来すると伝えられています。
現在の社殿は文久二年(1862)の再建で、今日まで地域の人々によって大切に守り伝えられてきました。
当社の春季例祭は、かつて旧暦五月八日に行われていたことから「お八日(ようか)」の名で親しまれています。長野市安茂里大門の正覚院観音まつり、長野市長沼の西厳寺蓮如忌とともに、「善光寺平春の三大祭」の一つに数えられています。春季例祭では、御神宝である鎮懐石を納めた神宝櫃を中心とした神幸行列が地域を巡り、巫女舞や奉納相撲などの神賑行事が執り行われます。奉納相撲は形を変えながらも百五十年以上にわたり受け継がれ、今も地域の子どもたちによって奉納されています。
悠久の歴史の中で受け継がれてきた信仰と祭りは、現在も若槻の人々の暮らしとともに息づいています。
~善光寺平春の三大祭~
正覚院(長野市安茂里大門) 観音まつり 4月18日
西厳寺(長野市長沼) 蓮如忌 4月25日
蚊里田八幡宮 春季例大祭 5月5日
正月元旦 歳旦祭
春分の日 祈年祭
5月5日 春季例祭(巫女舞奉納、奉納子供相撲、植木市)
9月最終日曜日 秋季例祭/旧社殿磐座例祭(神輿渡御、神楽巡行、奉納煙火)
11月23日 新嘗祭/山神社例祭
12月31日 除夜祭
信州若槻郷総鎮守
長野県長野市若槻東条字蚊里田1313番地
TEL:050-1720-5855
