毎年11月23日には宮中や伊勢神宮をはじめ全国各地の神社で新嘗祭(にいなめさい)が執り行われます。現在では勤労感謝の日となっていますが、かつては新嘗祭という祭日でした。
新嘗祭の起源については諸説ありますが、五世紀頃には宮廷の恒例祭祀として行われていたと考えられています。現在一般には春に五穀豊穣を御祈願して執り行われる祈年祭を受けて、収穫を感謝申し上げるのが新嘗祭とされています。
天皇は天照大神の御子孫ニニギノミコトによってこの地上の世界にもたらされた稲穂をもって、この国を文字通りの「豊葦原の瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに:神意によって稲が豊かに実り、栄える国)」とすることを理想とされています。古事記や日本書紀には天皇が神々のミコトモチ(御命令)によって、この国を稲穂がみずみずしく稔る安らかで平穏な国とするようコトヨサシ(御委任)を受けられた次第が物語られています。
また、天照大神から授けられた稲には日神ともされる天照大神の霊威がこもっています。天皇がこれを召し上がることは天照大神とご一体になられることに他なりません。そのような意義をもって年々くり返して霊威の更新を図られるのが新嘗祭なのです。
したがって新嘗祭の本義とは天皇が新穀を召し上がることであり、それにあたってまず新穀を神々に供進されるお祭りである、ということになるのです。
新嘗祭の『嘗』という文字について考えてみると『嘗』は「尚」と「旨」の二つの文字から成り立っています。「尚」の頭に付く三つの点のうち左右の二つの点は神の気配を表しており、ウ冠は屋根、即ち屋内を表し、口は「祈る」ことを表しています。「旨」のヒはさじをかたどっており、日は口を表します。つまり「神の気配のもと屋内で祈る」と「さじで口に食物を流し込む事」の二つの意味が合わされて『嘗』という文字が成り立っています。『嘗』という一文字で新嘗祭というものを表現していることがわかります。
食物に恵まれた現在では秋の収穫を心配せずとも日々の食事に困ることはありませんが、かつては新嘗祭の時期の収穫量がこの先の一年を豊かに過ごせるかどうかを占う大変重要な節目のお祭りでした。また、冬至にむけて日神である天照大神のお力が弱まってしまうともされる寒さ厳しい時期を前に行われる新嘗祭は、新穀を通して神様のお力をいただくという大切な行事でもあるのです。

